パリパリ派

日々のあれこれ

屍人の館と青い薔薇

本の感想と紹介。

 

いずれも東京創元社から最近出たミステリー、「屍人荘の殺人」(今村昌弘)と「ブルーローズは眠らない」(市川憂人)の2作品。特に屍人荘は普段ミステリーを読まない人にも読んでもらいたい一品だった。

 

 「屍人荘の殺人」(今村昌弘)

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まずは屍人荘から。この小説は、東京創元社のミステリー新人賞である鮎川哲也賞を今年受賞して刊行されたものだ。「史上稀に見る激戦の選考を圧倒的評価で制した」などと銘打たれていたりするが、実際そこから得られる期待を全く裏切らない面白さに満ちていた。

出版社の方でも力を入れて宣伝しているようで、東京創元社ツイッターアカウントをフォローしているとよく宣伝しているし、またよく感想ツイートをリツイートしている(正直ちょっと頻度が高すぎてキツいのは内緒だ)

 

この「屍人荘」、タイトル通りの「館もの」で、トリックなどがかなりきちんとしており、フーダニット、ハウダニットホワイダニット*1、いずれの面から見ても良質な「本格」の素養を備えているのだが、この小説が特別に面白いと絶賛される理由は「◯◯◯」を状況に取り入れたことにある。

◯◯◯については、いろんなレビューでみんな頑張って伏字にしているので倣って伏字にしてみたが、実際のところタイトルでわかると思うし、また割と序盤で唐突に導入されるのであえて普通に述べてしまおう。

 

「屍人荘」はタイトルの通り、ゾンビだらけの山荘なのでである。大学のハズレものであるミステリ愛好会に所属する主人公たちが映画研究部の撮影合宿に便乗して、映研OB所有の山荘に行くことになる。この段階ミステリーの代表選手、クローズドサークル界の顔たる「閉ざされた山荘」が出来上がるいつものタイトル通りのパターンだな、なんて気持ちがわいてくるわけだが、その作り方が一味違う。

「山道が土砂崩れで塞がれて・・・」

「雪がひどくて・・・」

などという使い古された理由ではないのだ。

ゾンビの群れに囲まれて

というとんでもないクローズドサークルなのである。

山荘の周辺で人をゾンビ化させるウィルスがばら撒かれ、主人公たちの館はゾンビの大群に囲まれて孤立するという筋書きだ。この孤立した山荘内で例のごとく起こる連続殺人について推理が行われる。

 

設定だけ聞くとバカミスっぽく思えるのだが、「屍人荘」の凄いところは、この状況をきちんとロジックに取り入れているところにある。

  • ゾンビには感染性があり、噛まれた人間は数時間後にゾンビ化する。
  • ゾンビ化した人間は運動能力が低下し、また思考能力は失われてただ生きた人間を襲うだけになる。
  • ゾンビ達は生きた人間を感知することができる。

などゾンビの行動条件が明確にルールとして設定されており、殺人事件の謎に対して制約がかかる。

また、館もののお約束である館内見取り図も完備しているのだが、この話では、ゾンビ達の侵攻によってこの山荘内の行動可能範囲が徐々に狭まって行く。これにより登場人物の行動がワンパターンではなくなり、非常に謎を面白く深めてくれるのだ。

これらの条件を駆使して整然と解決する様は爽快であり、ギミックの面白さを感じるのに足るだけの納得を与えてくれた。

 

このように本格ミステリに対して別ジャンル的な制約を取り込むことにより展開を深めた例として、読後にはアイザック・アシモフの「鋼鉄都市」や米澤穂信の「折れた竜骨」が思い浮かんだ。前者はミステリに対してSFによる条件 (有名な「ロボット三原則*2」) を、後者はファンタジー的な条件 (魔法・化け物が存在する) をきちんと取り込んで作られた作品であり、どちらも非常に気に入っている。

同じような感覚を抱く人は多いようで、自分が読んだ後ぐらいにちょうどメタルギア小島監督も読んでこんなつぶやきをしていた。

 

「屍人荘」についてさらなる魅力を言えば、パニックホラー的面白さが挙げられるだろう。的というか、ゾンビなのでパニックホラーそのものである。

知人がゾンビとなって襲ってくる恐怖。生き延びるために対抗策を練るサバイバル感、突然の侵入に対して必死にゾンビを撃退するパニック感。まさにバイオハザードといった盛り上がりを見せてくれる。

 

いや、正直に言えばホラーとしての展開にはやや荒は目立つかもしれない。ゾンビが生まれた経緯は思わせぶりな割にかなり雑に回収される伏線があるだけだし、前代未聞のゾンビの行動に対して無駄に的確な知識を出してくるご都合主義なオタク君がいたりもする。

しかし、それを忘れさせてくれるほどの盛り上がりを見せてくれるため、絶対に読んで損はしないと思うし、普段ミステリーを読まない人にも是非お勧めしたい一冊だった。

 

 

「ブルーローズは眠らない」(市川憂人)

 

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続いては「ブルーローズは眠らない」。前述の「屍人荘」は今年の鮎川哲也賞受賞作だが、この「ブルーローズ」の市川憂人は昨年「ジェリーフィッシュは凍らない」で同賞を受賞しており、これはその受賞後第1作となる。

タイトルの雰囲気からも伝わる通り、「ジェリーフィッシュ」の続編であり、探偵役のキャラクターたちも続投しているのでぜひそちらから読んでもらいたいところではあるのだが、事件自体は完全に独立しているので「ブルーローズ」から読んでも問題はないと思う。どちらも物語は1980年代のものであるが、時代を超えた科学技術の開発に端を発する物語となっており、各々の作中で描写される研究者たちは重要な役割を占めており、またその描写も非常に面白い。

 

物語の焦点となるのは「青いバラ」である。

本来バラは青い色素を生成できず、また人工的に青を生成する機構を組み入れてもその色を阻害する機構を多数持っているため青いバラの生成は非常に困難だそうだ。実際、青いバラができたのは2000年代に入ってからであり、その色はやはり青紫に近く、純粋な青とはいかないようである。この物語は1980年代の話となるのでその時代には青いバラは不可能の代表と言って代物である。

(参考 : Wikipedia:青いバラ (サントリーフラワーズ) )

片方は遺伝子工学の教授。彼は遺伝子操作により直接的に生物の器質を操作する研究の一環として、バラを研究して青色の発現機構を創成した。これは現実に存在する青いバラの研究で行われた手法のようだ。

もう一方はバラの栽培を趣味とする一介の街の牧師。彼は趣味の一環でバラ同士の掛け合わせなども行っており、その結果として生まれた青いバラで、いわば古来からの「品種改良」の手法で作られたバラである。

この二つのバラをめぐって起こる殺人事件が今回のテーマだ。

 

殺人方法自体も魅力的な密室事件 (例によって見取り図がある) であり、面白いのだが、この物語で一番面白いのは二重の視点で語られ、交錯していく二つの物語である点だろう。

一方の視点は前作から続投の探偵役、警察の鼻つまみ者、ダメなキャリアウーマン感満載のマリアと、黒髪眼鏡の嫌味眼鏡レンの二人組からのもの。彼らが依頼を受けて「青いバラ」の制作者たちの調査をしていく。

もう一方は博士の子供、アルビノのアイリスと、そこに転がり込んだ少年エリックによる視点。博士の家で起こる不審な出来事について見ていく視点から、博士の研究とその回りの出来事について語られていく。

物語の終盤、この二つの視点が交わって一気に話が走り出し、多くの謎が一気に解けていく様は非常に読んでいて楽しいものだった。

 

また「遺伝子操作」「品種改良」やそれを示唆するような「色素」に関する話題が物語中に散りばめられており、研究の怪しげな魅力を引き立てているのも魅力の一つだろう。先に述べた通りこのシリーズは先進的な研究(時代設定が昔なので雰囲気自体はレトロだが) の描写が面白い点であり、今作においても博士による青いバラの発現メカニズムの解説は非常に面白く、説得力のあるものだ。しかし、それと同時にその研究を物語に絡めることでより一層物語の不穏さを増すことに成功しているのが非常にうまい点だと思う。

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(参考文献に普通の論文が入っていたりする。今度見てみようかな)

SFチックな話が好きな人には非常にお勧めの一冊だと言えるだろう。

 

 

以上2作品、連続して読んだがいずれも非常に読み応えがあり、一気読み必至の面白さだった。ぜひみなさん読んでみてくださいね。

 

 

*1:「誰が(犯人当て)」「どうやって(方法当て)」「なぜ(動機当て)」というミステリーの基本的な謎の作り方

*2:

アシモフの世界観におけるロボットに対する法律。

  1. ロボットは人間に危害を加えてはならない。また何も手を下さずに人間が危害を受けるのを黙視していてはならない。
  2. ロボットは人間の命令に従わなくてはならない。ただし第一条に反する命令はこの限りではない。
  3. ロボットは自らの存在を護らなくてはならない。ただしそれは第一条,第二条に違反しない場合に限る。

(「われはロボット」より)